
蒜山高原の風が、まだ少し冷たい五月の昼。
僕はハービルという、やけに洒落た名前のハーブガーデンで、少し早いランチをとっていた。
メニューに書かれた、
「ジャージ生クリームとジャージ牛乳を使用
エビとほうれん草のクリームパスタ
サラダ・ヨーグルト付」
といういささか饒舌な料理名を僕は特に深く考えることもなく選んだ。
別にハーブに特別な思い入れがあるわけじゃない。
ただ、クリーム系のパスタが無性に食べたかった。
フォークで手繰り寄せたパスタは、なるほど濃厚でいてどこか素朴なミルクの香りがした。
エビのプリッとした食感と、火を通したほうれん草のわずかな苦味が、そのクリームソースによく馴染んでいる。
サラダの葉っぱはしゃきしゃきとして新鮮だったし、食後のヨーグルトは午後の眠気を誘うような、穏やかな甘さだった。
このカフェの料理は、どういうわけか僕の舌に合う。
気取っていないようで、どこかさりげないこだわりを感じさせる。
昨日は月曜日。
私のパソコン・スマホ教室は休みだった。
その空白の一日を利用して、隣町の中央公民館まで足を伸ばした。
全八回という、やや長丁場の相談会の第一回目。
依頼を受けたのはたしか昨年秋、風が冷たくなり始めた頃だったか。
公民館の一室には、少し緊張した面持ちの人たちが集まっていた。
一つのテーブルを囲み、一時間あたり四名ずつ二回に分けて相談に応じる。
計二時間。
それぞれの質問は、まるで湖面に落ちる雫のように、静かにしかし確実に波紋を広げていく。
「一人の質問はみんなの疑問」とは、私がいつも話す言葉だ。
少しばかり紋切り型の合言葉だったけれど、あながち間違いでもない。
僕はできるだけ丁寧に、誰にでもわかるように説明することを心がけた。
スマートフォンの地図アプリを使ったナビゲーションの方法、効率の良いインターネット検索のコツ、安全なアプリのインストール手順。
記録を後で見返すと、全部で二十を超える質問に答えていたらしい。
一つ一つは些細なことでも、それが積み重なると、誰かの日常を少しだけ変える力になるのかもしれない。
相談会が終わって、何人かの人が僕に声をかけてくれた。
「ああ、来てよかったです」
「よーわかったです」
訥々とした言葉だったけれど、その奥には確かな安堵の色が滲んでいた。
見知らぬ人ばかりの集まりだったけれど、短い時間の中でささやかな連帯感が生まれたような気がした。
それは、僕にとっても悪くない時間だった。
次回の開催は六月。
すでに満席でキャンセル待ちも多いという話を聞いて、正直なところいくらかのプレッシャーを感じている。
でも、誰かの役に立てるというのは決して悪い気分ではない。
僕は、僕にできることをただ淡々と続けるだけだ。
まるで、この日食べたクリームパスタのように静かに、しかし確実に誰かの心に小さな満足を残せるように。